白黒の記憶 #ヤマボウシ

ヤマボウシの白い花が咲いていた。本州から四国九州にかけて広く分布している落葉樹だ。ハナミズキと同じミズキ科の仲間である。4枚の包が手裏剣みたいな形状をしているし、漢字で「山法師」と書くことから、忍者や山伏の類を連想させる。

などと書きはじめたのに、昔の恋人を思い出し、思考がそっちに持っていかれてしまった。

10 years ago

約10年前、わたしが大学生だったころの話だ。通学していたキャンパスの小さな図書館、その横にヤマボウシの木があった。白い花が揺れている頃、図書館で彼女と出会い、声をかけた。読んでた本が気になったからだ。彼女から宮沢賢治を借り、わたしが夏目漱石を貸した。控え目な彼女はとても丁寧に本を扱う人だった。そんなやりとりをしつつお互いを意識するのに時間はかからなかった。ヤマボウシが鮮やかに紅葉していたころ、わたし達の交際がスタートするのだ。

嘘です。ごめんなさい

というのは、ほとんど妄想である。図書館の横にヤマボウシの木があったことだけは事実だ。その図書館は蔵書が豊富とは言えず、建物も老朽化していたので、わたしはあまり利用していなかった。そして、当時のわたしは森博嗣などのミステリィを好んで読んでいたし、彼女は携帯小説や自己啓発本にハマっていた。

彼女との出会いは普通に教室だったし、特に控え目な人でもなかった。八方美人なカーネーションのような女性だった。顔をはっきり覚えていないが、顔が可愛かったことは覚えている。一般的な大学生のように飲みに行き、海で花火をし、告白をし、ディズニーランドに行き、クリスマスにケーキを食べ、初詣に行き、それらの合間に些細なすれ違いを繰り返し、別れたのだ。

ヤマボウシの白い花を見た時、彼女と決定的な別れ話をした日も咲いていたな、と思い出したのである。梅雨明け直前のまとわりつく蒸し暑さ、重たいふたりの空気、軽やかに揺れる白々しい花(包)に嫌悪感すら覚えたのだ。

ヤマボウシの記憶を上書きしたい

申し訳ないのだが、この記憶とセットになっている限り、ヤマボウシの花を心から楽しむのは難しい。男の恋愛は別名で保存、などと言われるがそれ以上に、基本的にわたしは根に持つタイプである。今回も忍者、手裏剣、山伏などのキーワードで話を展開させようと思ったが、この通りだ。

ヤマボウシが鮮やかな紅葉を見せるまでに、この思い出をかき消すような出会いを見つけたい。そうでないと、今後ずっとヤマボウシとギクシャクしたままになってしまう。そんな悲しいことは避けたいのだ。

2015,7 晴れ