気持ちの良い行きつけの喫茶店 #ニリンソウ

「喫茶店のマスターになりてぇ」って気持ちになったことが誰にもあると思う。わたしのお店(空想)は一枚板のカウンター、清潔で手に馴染むカップ、こだわりのインテリア、自分好みの雑誌や本を少しだけ並べる。空間を贅沢に使って配置する観葉植物はもちろんオーガスタだ。美味しいコーヒーを淹れるのは当然だが、絶対にうんちく披露はしないこと。

テーブルには季節の花をさり気なく飾り、客人をもてなしたい。こう見えてわたしは千利休が好きだ。行きつけの花屋に買いに行くのもいいが、店の周りで摘んで来れたら最高だ。今の時期なら「ニリンソウ」のような慎ましい花がいい。

キンポウゲ科イチリンソウ属

1本の茎から2つの花を咲かせる特徴からニリンソウの和名で呼ばれる。里山に春を告げる花だ。湿潤な山林の林床などによく見られ、また、食用としても利用されるので馴染み深い。その際は、葉がトリカブトと似ているため注意されたし。

そんなに珍しくない

このニリンソウ、山間部ではよく見る花で、実は気に留めないレベルなのである。ニリンソウも好きだがそれ以上に、よく見るそれを摘んで、そっとテーブルに飾るお店の心意気が、わたしはとても好きなのだ。この喫茶店は、ある時はフリージアが、またある時は元気のいいイタリアンパセリが、クレッソンが飾られていた。それらはいつも飾られているわけではなく、それこそ店主の気まぐれのようにテーブルに置かれる。花を飾ることを義務にしていない。理想の植物生活だとわたしは思う。

主人と客も一期一会であるが、花との出会いもまた一期一会なのである。

この喫茶店との出会いは20年以上前、わたしが小学1年生のころ。ビールどころかコーヒーさえ飲めなないガキだった。わたしはココアを頼んだり、バニラアイス(薔薇のジャムが添えられている!)を食べたり、祖父が注文したウインナーコーヒーの生クリームをすくって横取りしたりしていた。

今は、砂糖もミルクも入れないコーヒーを飲んで、読書なんぞして過ごしている。ご主人の「おもてなし」も変わらない。とてもいい店だ。好きな人たちが遊びに来ると、たいてい連れて行く喫茶店でもある。わたしは連れて行くだけだが、だいたいみんな店を褒めてくれるので、わたしも嬉しい。

「何者か」になるのは難しい

子供のころの夢と言えば、スポーツ選手やケーキ屋さん、お嫁さん、医師などがあり、最近ではYouTuberもランクインするそうだ。残念ながらそれらが叶うことは極稀で、喫茶店のマスターになるのも、そうとう難しいと知る。大人になれば嫌でもわかることだ。ココアを飲んでいた頃のわたしが思い描いていた「何者か」になれなかったが、いい喫茶店に出会えた幸運を、一杯のコーヒーと共に楽しみたい。

2016,5 晴れ