ブログを書くことから離れてしまった。ブログが更新されていないと「植物の世話をちゃんとやってないんじゃないか」と心配になる読者さまもいるようで、メッセージをもらった。ありがとうございます。植物たちは元気にしています。
元気な観葉植物たち
気温が高くなってきて、特に観葉植物たちの元気が良い。先日、記事にしたナギ、パキラも問題なく根付いた様子である。
100円ショップの観葉植物をハイドロカルチャーで育てるよ #パキラ – 私的植物生活概論
そんな彼らの調子の良さにつられ、新たにモンステラとポトスも買ってきた。当然、投げ売られていたアウトレット品である。豆々しい小さいモンステラが可愛い。ポトスも前々から探していた色が濃くて、斑(ふ)が極端に少ないタイプだ。
業界的に育てやすいとされている彼らを、実際に育ててみて「あ、ホントに育てやすいな」と実感できるようになったのは、わたしのボタニカルスキルがある程度のレベルに達したということだと思う。良いことだ。
2年目のガジュマルも葉がもさもさしているし、いまいち成長力がないフィカス・ティケネもちょっとずつ葉を準備している。オリーブは好き放題伸びて剪定に悩むくらいだ。オーガスタも1枚葉が増えた。
調子がいまいちな奴ら
良いことばかりではない。ベランダで育てていたミニトマト、これは失敗だった。鉢が小さかったと判断し早々に成長を止めたのだが、判断が早すぎた。もうちょっと様子を見るべきだった。
別に欲しくなかったけど、種をもらったから植えたエゴマは成長が旺盛で困った。別に欲しくなかったから、もりもり育ってもあんまり嬉しくないし、他の奴らから日光を奪っていたので癪に障り、さっさと切って食べた。思い入れがあんまりない奴を、世話し続けるのは退屈だと知った。
アサガオが元気が良い。元気が良すぎていっこうに花を咲かせる気配がない(写真は去年のアサガオ)。原因はわからないけど、手厚い世話をしすぎたのだと思われる。水やりはとても気をつかい、肥料や活性アンプル、液肥など金に糸目をつけずに与えた。
花を咲かせるというのは、成熟であり壮年、つまり老いの証である。それをサプリメントやらプラセンタで抗った結果、葉を茂らせるだけの不自然な若さを持った奴になってしまった。花とは癌みたいなもので、死ぬための必然であり、理由なのだ。花が咲き、子孫を残し、死ぬ、という美しくスマートな流れを前に、わたしにできることなどない。
愛情の空回り
愛情の空回りというのは切ない。日々の水やりに愛情を込めることを忘れ、アンプルを挿したくなってしまう。それでも気持ちが収まらない場合は、もう植替えをするしかない。植替え作業の「めっちゃ世話をしてる感」は異常だ。わたしは今、それをじっとこらえている。
時期ではないし、必要ではないからだ。むしろ根に無駄なストレスをかける。残暑が過ぎるまで我慢だ。窮屈な思いをしているであろうクリスマスローズたちを、ゆとりがあるカッコいい鉢に植え替えてやりたい。
わたしのブログ運営も、植物を育てることと共通する部分がある。日々の水やりに愛情を込めることが大切なように、日々の更新が一番大事で、それが目的なのだ。それ忘れてしまう部分も共通している。植替え同様に「めっちゃ世話をしてる感」が欲しかったのだ。つまり、ブログのテーマを変更しました。表示不具合などあればお知らせください。
私的生活は散らかっている。このエントリーのように
2016,8 晴れ